千葉家家傳、北辰流、北辰夢想流

北辰流≪北辰夢想流≫の歴史は古く平安時代《源の頼朝》の四天王【千葉常胤】に始まる (900年の歴史)千葉周作先生の流儀名は 北辰一刀流である、兵法とは戦い方を意味する。

一門は数が多く全国に住まい表と裏の力で北斗の星の役目を果たした、伝え研究された武術は長刀(薙刀)、剣術、抜刀術(居合)、柔術、竹刀剣術にまで及んだ。

塚田先生伝書 北辰一刀流剣法全書完の研究、復元、傳承 

塚田孔平源真知

千葉周作 四天王の筆頭者

お玉が池 千葉道場の顧問

周作先生のお供で水戸藩へ剣術指導のかたわら

水戸弘道館にて勉学(藤田東湖、戸田銀次郎、曾澤正志斎)らと親交。

真田信濃守幸教に召し出されて藩士に教授

 幕府 老中 小笠原壱岐守 (肥前唐津藩主)

 若年寄 京極周防守(丹後峰山藩主)

 の藩士の教授方に任命される。

 幕府内命を下して孔平先生を召したが頑として応じなかった、

千葉周作亡き後玄武館相談役顧問に就任して、千葉の息子たちと門弟たちの指導をした。

千葉の四天王が集儀隊をかくまい天狗党を支援した。

佐久間象山暗殺の時一緒にいた塚田五左衛門は一族である。

孔平先生は時世の流れを知り幕府の衰亡を予断し、薩摩、長州の志士と交わっていたが、維新の上野の      戦いで幕府軍の銃弾を身に受け、それが持病となって再起できなかった、

 江戸末期から明治維新に至るまでの波乱に満ちた生涯を送り明治2年江戸で没した年は51歳であった、

 

北辰一刀流 開祖

千葉周作平成政 傳来 

虎韜館 初代館長 塚田孔平源眞智  (千曲市力石)

     師範代 高松平重朗信行 (千曲市)

            (足利将軍木像斬首事件の首謀者の一人、 )

 

北辰一刀流 振武所 根岸友山 (埼玉県冑山の豪農)

北辰一刀流長野の門弟が江戸へ行くときに立ち寄り大勢お世話になった。

 近藤勇ら浪士隊と一緒に京都へ上るも不仲となり、しばらくして江戸へ戻り新徴組に参加、江戸の根岸家は徳川家譜代の旗本である。

 

至誠館  小林誠次郎定之  旧大日本武徳会教士八段

     【至誠とは 欲がなく人のよかれを思いゆくこと】

戊辰戦争では中村半次郎の隊で錦の旗を守る、西南戦争では警視庁抜刀隊で活躍西郷軍を160人倒したという伝説の剣士、【北辰隊に伝わる西郷軍対策技が今も伝えられています】

東京深川至誠館には内弟子に中山博道、客分で根岸信五郎、代稽古に髙野佐三郎がいた。

 

  13代 長野県知事 大山網昌 『北辰一刀流剣士』

 

 二代目

  塚田亀太郎 横浜海軍兵学校 剣道師範、

           長野県警察巡査教習所剣道師範

 

      村瀬馬太郎 

 

  加藤貫一 尾張徳川藩の剣客(名古屋)

 

  京都弘道館 小川金之助良泰  剣道 範士10段

 

  高山峰三郎 旧大日本武徳会 教授

 

   名誉顧問     千葉定吉家 現当主  千葉弘平政胤

  

        虎韜館  講武館 館長  (塚田派兵法宗家)

 

   五代目 塚田慶一 (元東京成徳大学教授)

 

       六代目 高野 眞虎 sanetora  takano    、    Hokushin Ittoryu Originator 

          【Japanese traditional martial arts kenjyutu (fencing) grandmaster】 

     

 

    虎韜館 師範代 早野 眞景 

 

当会派は独立会派のため、独自の目録制度を行っております、

  ≪歴史と文化の復元、江戸時代のままの制度を行う≫

  

 千葉周作先生は、古流の八段階位を、三段階に改めた。

   (別途家傅一巻)

 

 虎韜館 塚田先生制定(塚田派)は、

 初伝キリ紙、 

 初目録、 

 星(晴)眼伝授箇条目録(千葉家家伝伝授)、中目録と同格

 中目録(指南免許)、

 大目録(免許皆伝)

 

 

 

古流の組太刀は魔法です,実戦がなくても達人になれると言われています

虎韜館は北辰一刀流《大目録傳》の技と形に重点を置              き稽古指導しています

 

江戸時代の剣は優美な美しさが求められたそうです

 

北辰一刀流兵法大目録免許皆伝

     露の位》 《鐘の位》 《石火の位》

 

抜刀術   奥伝 十一本

 

柔術    引捨、当身、拳突、蹴込、襟締

 

 剣道五行形 (星王剣)

【一刀流中西派寺田五郎衛門宗有(寺田派)より伝わった】

表五本 《天、地、人、陰、陽》

   《応じ返し、鶺鴒、巻き落とし、上段からの胴斬り(千葉栄次郎得意技)、切り落とし突き》 

裏五本 《天、中、地、陰、陽》

   《霞返し、下段之突, 外巻、 真撃、 蓮折》

 

小太刀之次第  (傳流伊藤一刀斎 七つのうち五本)

    《發氣、横竪、仕合心、切落、色付》

         

 

千葉家家伝の流儀 北辰流 北辰夢想流 (900年の歴史)

        流租 千葉常胤 (源頼朝四天王)

長刀術 《水玉、右枝折、左枝折、黒龍、駒返、三ヶ月、

        虎乱、草摺落、折敷、九曜剣、白刃取り、、、》

居合術  《座技四本 立技四本》 『千葉常胤の剣として伝わる北辰夢想流』

 

 【劍術】

千葉周作先生考案の 【蓮折】【長短矩】【捨目付】【北辰一刀流の中で最も重要視されている】この三つの技術は他流派のものでなく千葉周作先生が考案したとあります、この技の使い方を見れば本物の北辰一刀流の極意に達している者かどうかわかる、真善美と言う感性の中の1つ嘘か真か(善か悪か、美しいか醜いか)、本物の北辰一刀流の使い手か偽者かを見分けると言われています。


【蓮折】とは口伝の極意で切落を打ち破る技、
千葉周作先生の切落は下から落とす。

切り落としも伊藤一刀斎先生の頃より開発されてから三百数十年、対策技を千葉周作先生と塚田孔平先生は研究されていた、このほかにも後の先を寄せ付けない正眼伝授の秘術 先制攻撃の技術もあります。

長短の矩と捨て目付もものすごい理合で組み立てられています。

 

劍術は映画流浪人剣心で名前が広がりましたが、剣道とも居合道とも試斬道とも違うジャンルでしょう、劍術道と呼ぶべきか、真剣で人と戦う方法、技術です。

 

塚田先生直伝の千葉栄次郎先生の得意技上段からの胴斬り、千葉道三郎先生の使った二刀の研究や沖田総司三段突きなど北辰一刀流 幻の伝説技も口伝により伝えられ稽古しています、

 

【竹刀技】 延び面、突き面、刺し面、鞠つきの面、千葉の片手面,親指斬り,木の葉落(ゼロ戦戦闘機技)、木枯し、山笠の面、杖掛けの面、右片手突き、延び突き、足搦引倒三段斬り、面ねじり上げ面剥ぎ、突き面,袈裟打、一文字投げ、道場破り対策技、【古流技はとても危険なので実際にはやりません】知っていてもらうだけです。以上《剣術68手に載らない口伝の技》

 

【木剣技】 乗突、入れ突き、下段の突き、鍔割、大袈裟斬り、対空斬り、真空斬り≪赤胴鈴の助≫やカラスとび、乗り身、張り、抑え、豆まき稽古、、、、などの古流技

北辰一刀流は中西派の形を改良し多用している関係上中西派の別れという見方もありますが、その技と術の使い方が北辰流~北辰夢想流~北辰一刀流=千葉周作流である。